正直どうでもいい話なんですが。
最近「勝ち組」「負け組」の定義についてひとと話すことが多いので考えをまとめておきたい。それ自体にはあんまり関係ないかもしれないけど。
今のライブドアに対する報道のされ方などを横目でチラリ見る限りでは、明らかにこの先いつもの「持ち上げて落とす」コースに乗っかって順当に落ちて行くばかりかと思われます。うーん、ほりえもん個人については好きにしてって感じ。
わたしが気持ち悪いと思うのは、この騒動の尻馬に乗って(ここまでは野次馬をやるしかない世間の反応としてアリだとして)、個人的な社会に対する単純な反抗心でほりえもんを「応援」しているとかいうひとたち。
まがりなりにも現代日本資本主義社会で、株式会社を立ち上げて、大量の社員を雇っている以上、ほりえもんには否応無しに以下の目的を追求する責任が発生するはず。
1.利益をあげること(株主に対する責任)
2.顧客の満足
3.従業員の幸福
責任と書いたけど、これは責任ではなくて、以上を「すべて」満たさない限り、その会社は間違いなく立ち行かなくなる。
エッジ時代には曲がりなりにもあったはずの本業がまったく表に出てこなくなる程大量の「ツバをつけただけ」の案件を抱え、ほぼ実体のない事業を株価のみで評価され、その尻を拭うのに一般的なビジネススキルもなく奔走したあげく、ついていけなくなった従業員から大量の離職者を出している現状で、基本的に社会から会社に要求されているはずのこの3点は顧みられているとは言いがたい。
まあそりゃいいよ、ひとの会社のことだから。
ただわたしは雇われだから、特に3については気になるわけで、意図的にしろ天然にしろ現在ライブドアに勤めているひとに対して御愁傷様という気持ちで一杯なわけです。自己責任とかバーカバーカとか言うのもどうかと思う。そうそう頭良く立ち回れるばかりの世の中でもないと思うし。
で、また立場として雇われであったり、まして経営者であったりするひとが、そんな状況はあきらかなのに、無責任に「ほりえもんがんばれー」とか「夢をありがとう」とか言っているのがキモイ。マジキモイ。
自分の鬱屈した現状や権力に対する脊髄反射的な反抗心を、ほりえもんというトリックスターに仮託して満足させている様子は、W杯とかオリンピック、イチローや松井に熱狂する様と同様に見えて、正直みっともない、とわたしは感じます。
いや、スポーツ選手は頑張っている。頑張っているからこその結果であり、それは尊敬するべきだと思う。しかし大体にしてスポーツ選手なんて、落ちようが登り詰めようが、社会に対して何の実害もない。
だけどほりえもんが落ちて行くのはライブドア社員、株主、顧客(ライブドアユーザー?)に実害がある。そういう立場にある。
自分の鬱屈は自分の手の届く範囲で解決しろ。できないなら他人のふんどしで相撲を取るのはみっともないから黙っとけ。そういうこと。
あー、ところで結局ほりえもんの本質はわたしの中ではBeltorchiccaさんで言ってたロマえもんだと認識されているんだけど。